Pulp Fiction

パルプ・フィクションは、もう誰でもご存知のQuentin Trantino監督の代表的作品です。バイオレンス映画はどうも苦手なのですが、この映画は本当に楽しめました。 

 

 タイトルもなにもなく、いきなり現れた最初のシーンは若い男女がモーニング・レストランでむつまじく語らっている風景。女のほうはウェイトレスの入れてくれたおかわりのコーヒーに「ありがとう」とにこっと笑い、ウェイトレスも笑い返します。どこにでもあるなごやかな朝の風景です。

 ところが、実はこの二人、なんとまあ、あきれたことに先日企てた銀行強盗についてそのやり方のまずさを反省しているところだったんですね。

「銀行強盗なんてのは、結局ワリが合わないんだ」

「じゃ、どういうのがいいのよ」

「むしろ、そうだな、たとえばこんなレストランなんかのほうがいいんだ。マネジャーは客を守るためにすぐ金を出すしな。それに、客もけっこうもってるんだ」

「いいじゃないそれ。じゃ、やりましょ。すぐに!」

 思いついたことはすぐ実行するといったタチのようです、このふたりは。熱いキスを交わしたかと思うと、ひらりとテーブルに飛び乗り、客たちにピストルをつきつけます。

「フリーズ!」

 驚愕する客たちの顔、顔、顔。

 ここで初めてタイトルが入り、まったく別のストーリーが始まります。

 

 トラボルタ扮するビンセントと黒人のサミュエル・L・ジャクソン扮するジュール。

 まだ早朝の7時だというのに二人は車に乗ってどこかへ行く途中です。ビンセントは最近ヨーロッパから帰ってきたばかりらしく、あちらの情報をいろいろジュールに説明します。

「オランダじゃヤクは合法なんだ」

 と、いう具合にハンバーガーのこととかメートル法の違いとか他愛のない会話が続きますが、二人はどうやらけっこうウマが合ったようです。ビンセントはボスから今夜、ボスの愛人であるミアのお供をするよう命じられています。命令だから仕方ありませんが、ボスの愛人のお供なんてどういうものか。ジュールはミアがパイロット映画の女優だったと、ミアについての情報をビンセントに教えてやります。

「パイロット映画って何だ?」  

「封切り前に客の反応を調べる映画さ」

 ついでに、かつて誰かがミアの足をマッサージしているところをボスに見つかって高層ビルの窓からつき落とされたという話も教えてやりました。

 話しているうちに二人は目的のアパートに到着しますが、ドアの前で時計を見て、
「まだちょっと早いな」
 といって廊下に戻り、話の続きにもどります。
「おい、足をマッサージしてただけでつき落とされるのか」
 ビンセントはさっきの話がどうも気になります。
「おまえ、マッサージというのはだな…」

 目前の仕事が何かわかりませんが、二人の会話は世間話以上のものではありません。

 そのうち時間がたち、「そろそろ行くか」と、ふたりは目的の部屋の前まで戻り、ドアをノックします。

 一人の黒人少年がおずおずとドアを開けると中には二人の白人の若者がいて、一人はハンバーガーを食べている最中、一人は気持ちよさそうにソファに寝そべっているところでした。心地よい部屋の中には朝日がさんさんとふりそそいでいます。光に満ち溢れた素敵な朝です。

「ブツはどこだ?」ジュールがピストルを構えて言います。

「……」

 誰も返事をしません。

「ズドーン」

 ジュールはいきなりソファの若者をピストルで撃ち殺します。

 たった一瞬のシーンですが、いやもうその怖いのなんの!

 ハンバーガーを食べかけていた若者の顔は恐怖でひきつります。見ている観客の顔も同じように引きつっていたはずです。ありふれた日常がとつぜん異常へと転換したとき、その極端な落差の前に人はなすすべを知りません。劇場では恐ろしさのあまり席を立った人もいると聞きましたが、その気持ちはよくわかります。私も一瞬、そう考えたくらいです。帰らなかったのはタイミングを逸したのと、もうひとつは、もしこのまま帰ったらあとで想像がつのってよけい恐くなると思ったからです。


 平然として、ジュールは今度はその若者にピストルを向けました。

「うまいか?」

「……」

 まだあどけなさが残る若者の顔は恐怖にふるえています。ジュールはこの若者から食べかけのハンバーガーをとって自分の口に入れ、むしゃむしゃとうまそうにパクつきながらハンバーガーについての講釈なんかをやりだします。それが終わると、いきなり、「おまえは聖書を読むか」と思いがけないことを聞くのです。

「いや……」

 必死になって助かる道を探そうとしている若者をジュールは冷たい目で見つめ続けます。その間にビンセントはキッチンを調べ、ブツを探しだしました。それが入っているらしいアタッシュケースを開けたとたん、まばゆい光が目をうちます。どうやら金の延べ棒のようです。別のシーンでも監督は光だけでこれを表現していました。

 ピストルを突きつけられた若者はもう完全にパニックです。ジュールはそこで自分流に練り直した聖書の一節、エゼキエル25:17を披露します。私が私の報復を汝に下すとき、汝は私の名が主であることを知るであろう。この言葉とともに、命乞いもむなしく、ハンバーガーの若者はさっきのソファの若者と同じようにジュールに撃たれてしまいます。

 二人のヒット・マンの仕事は完了したわけです。

 

 

  次のシーンは、ひと仕事終えたビンセントがヤクを買いにとある店に来たところです。顔中ピアスだらけの女なんかがいるバーです。

「ベロにまでピアスするとはなあ……」

「あれはおれの女房だ」

 売人がそう言うと、「いやあ、まいった、」ビンセントは売人の背中をたたいて笑いこけます。

 次々といろいろなヤクが出されてきました。金のたっぷり入ったビンセントはもちろん一番上等なやつを買います。サービスでその場で一本やらせてもらって、夢の世界へ。ああ、この快感。これがビンセントの幸せといえば幸せなのでしょう。

  夜になってボスの愛人、ミアのお供で、ビンセントはナツメロ・バーに行きます(こういうのがあるんですね、アメリカには)。
「どんなところ?」というビンセントの問にミアは「プレスリーなんかいるとこよ」と答えますが、なるほど、行ってみるとちょうどリッキー・ネルソンがあのけだるそうな目つきで歌ってたりします。
 ウェイトレスはマリリン・モンロー。みんなそっくりさんです、当然。
 予約席は本物のキャデラックのシート。話題がないものだから、ビンセントはミアが出ていたパイロット映画のことをぽつりぽつりと聞いていきます。

「セリフはあったんだろ」

「ええ、つまんない冗談をひとつ言うのよ」

「どんな冗談?」

「ばかばかしくて言う気にもならないわ」

 ビンセントはミアの注文した10ドルだか20ドルだかやたら値段のはるシェークを一口飲ませてもらいます。ボスの女だから手は出せないけど、なんか向こうも気があるような、ないような、ビンセントの心は複雑です。ま、それはともかく、なにしろ懐かしの時代バーですからツイスト大会なんかもあってりして、トラボルタはいまいちノれない感じでしたが、そこはまあご愛嬌、二人は優勝のトロフィーを手に入れて帰ります。

 家に帰ったふたり、ミアはそこで一杯飲もうと誘います。

「あ、あの、おれ、ちょっとトイレ」あいまいな返事をしてビンセントは席を外します。(この映画、トイレがよくキーポイントに出てくるのです)。
  トイレの鏡の前でビンセントはしきりに自分に言い聞かせています。なんたってビルからつき落とされるのはまっぴらです。

「一杯飲んで、さよならして、家でマスかいて寝てりゃいいんだ、いいな、わかったな、ビンセント」

 ビンセントが自分をしつけている間、ミアはちょっと軽く吸ってみようとヤクをやりはじめるのですが、それがさあ大変。吸いすぎたミアは鼻血を出して意識を失ってしまいます。

 トイレから出てきたビンセントはそのミアの姿を見てびっくり仰天。ここでボスの愛人に何かあったら自分の命がありません。あわててミアを連れて昼間行ったヤクの売人の家にころがりこみます。厄介なものを連れてこられた売人はかんかんになって怒りますが、こうなったらなんとかしないと自分だってただではすみません。ええと、たしかアドレナリンを心臓にぶちこむ方法があったはず、と家中をひっかきまわしてマニュアルを探し、とりあえず注射器をミアの胸に当て、ビンセントは力一杯それを突き刺します(このシーンも怖かった)。無茶苦茶乱暴で、信じられなような治療ですが、幸いにもそのショックでミアは意識を取り戻しました。

  一難去ってやれやれと放心状態のビンセント。ミアはこのことをボスに黙っていてくれると約束してくれました。ミアだって厄介なことになるのはまっぴらです。家の前で別れるとき、何を思ったか彼女はさっきのレストランでは言ってくれなかったパイロット映画のときのセリフを教えてあげると言い出します。

「その…今はちょっと笑えないかもしれないな」

 ビンセントは自信なさそうに言いますが、ミアは取り合わず、感情のこもらない声で話しはじめます。

「トマトの家族が歩いていたの。トマトの坊やが遅れたので、ダディーが息子に『早くしろ、急げ、追いつけ(Catch up!)』というの。それで坊やが急いだんだけど、急ぎすぎて他のトマトを踏んづけちゃったの。で、みんなつぶれてケチャップになっちゃった。キャッチアップ=ケチャップ……」

 笑うに笑えずビンセントは情けなそうな顔をして別れます。

 

  次の場面ではさっきから話題になっているこのボスが誰かと話しているところです。ボスというのは巨大なタコ入道みたいな黒人の男。ここでは後ろ姿しか見えません。話している相手はブルース・ウィルス演じるボクシング選手のビッツ。

「おまえもそろそろ年だ。どうせいつまでも勝ち続けるわけにはいかないんだ」

「……」

「承知か」

「ああ、それしかなさそうだ」

 どうやらボスはビッツに八百長をしろと言っていたようです。ビッツも納得しそれを承知しました。ところが、自分では納得したつもりだったのに、試合当日、ビッツの頭にとつぜん父の時計のことが思い浮かびました。この時計はベトナム戦争のとき死んだ父の遺言で同じ捕虜仲間だった戦友がこれだけは絶対ベトコンに渡せないと、ああ、なんと、お尻の穴に隠してもって帰ってくれたものです。以来、お尻の穴から出てきたこの時計はビッツの心の支えになっています。その時計のことを思い出すとなんで試合に負けられよう。で、ビッツはけっきょくその試合に勝ってしまうのです。

 あれだけの八百長を仕込んで勝ったとなればボスは黙ってはいません。まず間違いなく殺されるでしょう。ビッツは賭金を兄に頼んで女と一緒に高飛びしようとします。ところが、女はビッツがあれほど頼んでいたにも関わらず、父の時計を荷物の中に入れるのを忘れてしまったのです。可愛い女だけど、ほんと腹が立つ。それでもあれを置いて町を出ることなど考えられません。危険を承知でビッツは自分のアパートに戻ります。

 おそるおそる帰ったアパートは特に不審なところはないように見えます。時計も無事見つかりました。大丈夫と見たビッツはほっとして何か口に入れようと台所へ行き、トースターにパンを入れます。そのとき、ふと何か気配がしました。誰かがトイレに入っているのです。はっとして横を見ると銃があります。その銃をとって構えていると、トイレのフラッシュの音の後から雑誌片手に出てきたのは殺し屋のビンセント。ボスに命じられてビッツを殺そうと部屋まで来ていたのです。しかし彼はまさかビッツがもどってくるなどとは夢にも思っていなかったのでしょう。あっと驚くビンセントにビッツは思いきり銃を撃ち込みます。あわれ、ビンセントは血まみれになって一巻の終わりです。

 あらら、トラボルタがあっさり死んでしまって、なんだ、トラボルタはけっきょく主人公ではなかったのかと思うところでした。         

 

  ビンセントを撃ち殺したビッツはその後、車で逃げるのですが、その途中で、なんと偶然にも横断歩道のところでハンバーガーを抱えて自分の車にもどろうとしているボスにばったり出会ってしまいます(こんな大物ボスが自分でハンバーガーを買ってるところが笑えます。きゅうに食べたくなったんですかね)。ビッツはボスを跳ね飛ばしますが、とびきり頑丈でしぶといボスはこの程度のことで死にはしません。ピストルを取り出すとかんかんになってビッツを追いかけます。ビッツの車も塀にぶちあたり、追うほうも追われるほうも血だらけです。

 やけくそになってビッツが飛び込んだところがまた世にも奇妙な店で、武器を扱っている何やらいわくありげな店。ここでビッツも彼を追ってきたボスともども捕まってしまい、保安官が呼び出されます。ところがこの保安官というのがまたまたいわゆる変態というかサディスチックな男。これはいいカモがやってきたわい、と二人を縛り上げて拷問を楽しもうとします。

 ボスが痛めつけられている間、ビッツはうまく縄をほどいてこっそりとドアの所までたどりつくことができました。いったんはそのまま逃げようと思ったのですが、どうも腹の虫がおさまりません。壁にかけてあった日本刀を手にすると、拷問室へ戻ってサド男に切りつけます。

「とどめは俺にやらせろ」

 拷問でふらふらになりながらもボスが言います。ボスに武器を渡しながら、ビッツは聞きます。

「おれのことはどうなる?」

「忘れてやる。ただし、二度とロスに戻るな。そしてこのことを誰にもしゃべるな」

 というわけでビッツは許され、命の心配をせずにすむことになりました。心も軽く、女と二人でバイクに乗って、二人は町を去っていきます。

  え、これで終わり? 何、この映画? と思っていると、まだ続きがありました。

 

  ジュールの場合(In case of Jules) という文字が出て、場面はまた最初の殺しの仕事のシーンに戻ります。  

 聖書の言葉を言い終わってジュールがハンバーガーの若者を撃とうとすると、じつはトイレにいたもう一人の男が飛び出てきてジュールとビンセントめがけてピストルを乱射してきたのです。しかし、弾はすぐに撃ち尽くしてしまいました。すかさずビンセントとジュールはその男を殺してしまいます。撃ち終えた後、ジュールが後ろを振り向くと、なんと後ろの壁にはジュールたちの頭の形に沿ってきれいに弾の後が残っています。

「見ろ、これだけ撃ったのに当たらなかった」

 ジュールにはそのことが信じられません。

「ま、たまにあるよな、そういうことって。ラッキー!」

 ビンセントはそれ以上気にもとめません。しかし、ジュールにとってはこれは一生を左右する出来事でした。

 ブツも手に入れ、ドアを開けた最初の少年、おそらく密告者だったのでしょう、その黒人少年をバックシートに乗せて車は走っていきます。ビンセントはトイレにもう一人隠れていたことを何故言わなかったのかと少年を軽く責めます。仕事はうまく片付いたし、ビンセントとしてはべつにそうこだわるつもりはなかったのかもしれませんが、少年はさっきからの恐怖の連続でもう満足に言葉も出ない様子です。

 ジュールにとっては、しかしそんなことより、あれだけの弾が当たらなかったというさっきの奇跡的な出来事が忘れられません。あげくに、

「おれは決めた。足を洗う」

 などと言い出します。

「何をあほな」

 言いながらビンセントはふと銃を取り出して何気なく後ろの座席に向けます。そのとき、突然、銃が爆発して少年の頭はふっとばされてしまいました。

「ばかたれっ!」

 ジュールはビンセントを怒鳴りつけます。

「銃が……勝手に爆発したんだ!」

 車の中は一面、血だらけ。こんなところを人に見られたらおしまいです。あわててジュールは知り合いに電話してその家にころがりこみます。巻き込まれた男ははっきりと迷惑なそぶり。

「あの車の死体はなんだ! こんなところを女房に見られたら離婚される。1時間以内になんとかしろ!」

 とパニック状態。この男、奥さんは病院というからにはどうやら看護婦らしく、きっとヒモ的生活をしているのでしょう。なんたってジュールたちの知り合いですから、どうせロクなやつではありません。いずれにしてもパニックなのは二人にしても同じ事。ジュールはボスに泣きついて専門家に来てもらうことになりました。

 ブルルーンと超高級車でやってきたのは蝶ネクタイをした、掃除屋」と呼ばれる一見英国紳士風の男。男の女房が帰ってくるまでの40分間にやるべきことをてきぱきと指示します。

 まず、私にコーヒーを一杯。それから車を洗ってシーツを用意して……。最初は不満そうだった3人もその手慣れた様子に敬服して大人しく指示に従います。掃除屋は最後に血だらけの二人の服を脱がせてホースで水を浴びせ、この家の男に用意させた短パンに半袖シャツというカジュアルな服に着替えさせます。死体も汚れ物も全部ごみ袋に詰め込んで、掃除屋は二人の乗ってきた車、二人は掃除屋の高級車にと、それぞれを車を交換して乗っていきます。

「私の車に傷をつけたら承知せんぞ。警察に出会ったら私が話をする。おまえたちは何も言うな」

 あくまでもたのもしい掃除屋です。警察にもつかまることなく、着いたところは、廃車の処分場。すべてあっさりと片づいてしまいました。(こうあっさり片付けられたらたまりませんが)

 

 やれやれと胸をなでおろした二人は遅めの朝食をとりにレストランに入っていきます。

 二人でひとしきり掃除屋の手腕に感心しながら、ビンセントは注文したポークをぱくつきます。

「うまいぞ、これは」

 しかしジュールは首をふります。

「おれはブタは食わん」

「なんで? イスラム教徒なのか」

「いや……。ブタは下等だ。汚い」

「んなもん、牛だって犬だって同じだ」

「犬は違う」

「どう違うんだ」

「犬には少なくとも……パーソナリティーがある」

「ふん。犬にパーソナリティーがあるんならブタにだってあるさ」

「あほいえ。ブタのパーソナリティーなんて……ブタ並みだ」

 (ここで犬とブタのパーソナリティー論争が続きます。笑ってしまいました)

「それにブタってやつは自分のクソを食うんだ」

「犬だって食うぞ」

「だからおれは犬も食わん」

「………」

 なんて、この二人の会話はなんかおかしいのです。

 「ところでさっき言ってた話だが、あれは本気か」

 ブタを食べながらビンセントがジュールに聞きます。

「ああ。おれは決めた。足を洗う。もう人殺しはやめだ」

 ビンセントにはジュールの考えは馬鹿げているとしか思えません。さっきのあれはミラクルなんかじゃない、世の中にはたまにああいうこともあるとしきりに説得します。第一、殺し屋をやめてどうやって生活するんだ。それに対してジュールは砂漠を一人で旅するというような話をします。真実を求めて旅をする、それこそが本当の生き方だと。そんなもの結局は野垂れ死にするだけのことだ、おれは知っている、みんなそういって破滅していくんだ、とビンセントもけっこう議論好きです。

 しかし、ジュールの決意は堅いようです。いいか、とジュールは言います。

「大事なことはだな(What is significant is that …)、奇跡があったかどうかじゃない。奇跡があったと俺が感じたことなんだ」

「いいや、そんなものおれにはわからん。ちょっとクソしてくるが、続きは後でやろう」

 ビンセントはそう言ってトイレにいきます。この人、トイレで本なんか読んでたりして、いつも長トイレなんですね。死ぬときもトイレだったし。

  ま、それはともかく、ここで場面が一番始めのシーンにつながります。つまり若い男女のアベックがピストルをつきつけて「フリーズ!」と叫ぶ場面です。

 そう、最初のあのレストランにはじつはジュールとビンセントがいたのです。アベック強盗はビニールのごみ袋を回してこの中に財布を入れろと客たちに命令します。ジュールも素直に出しますが、ブツの入ったアタッシュケースだけは渡すのを拒みます。「これは俺のじゃないんでね」

 もちろん強盗はそんな言い訳など聞こうとしません。かばんを開けさせて……目を丸くします。ケースからこぼれる光。

「本物か?」と言って驚く強盗の男にジュールはいつの間にかピストルをつきつけています。

 女のほうはきゅうに思いがけない展開になったのでうろたえだし、半泣き状態。なんたって数々の死線をくぐり抜けてきたジュールです。チンピラ強盗とは格が違います。女がへたな騒ぎ方をしないようジュールはつねに女の銃口を「おれに向けておけ」と言い聞かせるぐらい、貫禄十分。

 そこで、長トイレから戻ってきたビンセントがまた銃を構えるのですが、ジュールは手出しをしないよう言います。そして、強盗たちに例の聖書の一句を引用し、それから自分の財布にあった1500ドルをくれてやるのです。ビンセントはあきれますが、ジュールは平然としています。

「おれがただであれをやったと思うのか。違う。おれはあれであいつの命を買ってやったんだ」

  以前のジュールならなんのためらいもなくこのアベックの強盗を撃ち殺していたでしょう。 奇跡を「感じて」しまったジュールとビンセントの違いです。

 レストランを立ち去っていく二人の姿でEND。

 

 

 会話の面白さなんて実際に見ないとわかっていただけないでしょうが、バイオレンス映画だというのに最後は後味のいい映画でした。倫理的にはつきぬけてしまいながら、どこか現実的でもある。それはつまり監督が人間性というものをよく理解しているということでしょう。たとえば、死体を運び込まれて迷惑そうなヒモ男が(これを監督本人が演じているのが愉快なところです)、シーツを用意してくれと掃除屋に言われ、

「えー、あの、その…ですね。このシーツは実は結婚祝いに叔父からもらったもので、えー、その、わりと上等なやつでして……」

 なんていじましいことを言い出しますが、英国紳士風の掃除屋は落ちついて答えます。

「君、君の叔父さんは金持ちかね」

「え? い、いいえ」

「そうか。だが、いいかね。ボスは金持ちなんだ」

 そう言って掃除屋は財布を出して男に気前よく金をやります。金さえもらえばどうぞ、どうぞ、男はとたんに協力的になりました。

 

  片耳ピアスのトラボルタは軽〜く生きようとする殺し屋の感じがよく出ていて、いい演技でした。この作品を見るまではサタディ・ナイト・フィーバーのイメージしかありませんでしたが、この人を使った監督は見る目があります。ビンセントもジュールも二人とも殺しに行くときはドブネズミ色のスーツに白のワイシャツ姿でしたが、それがなぜか非常にセクシーに見えました。

 「ジュールの場合」のあの日の午前中の出来事は、ビンセントにとっては単なる偶然でしかありません。車の死体を処理できたのもミアが助かったのもすごい幸運だったはずなのに、ビンセントにとっては厄介なことが片付いただけだったのです。

 ビンセントはビッツのアパートで待っていたものの、まさかビッツがたかが時計のために帰ってくるなんて思ってもみなかったはずです。自分なら絶対そんな馬鹿なことをするはずはないのですから。幸運はここでビンセントからビッツに移ったといえるかもしれません。もっとも、ビッツの幸運もいつまでもつかわかりませんが。  

 奇跡を「感じて」しまったジュールがその後どういう人生を送るのか。

 ビンセントよりは長生きできるでしょうが、予言通り野垂れ死で終わるかもしれません。しかし、それはどうあれ、ジュールはもう違ってしまったのです。

 三文小説(パルプフィクション)ストーリーの中に監督はそれを非常にうまく表しました。拍手します。パチパチ。  ★                             

 

英日翻訳のご用命は

 

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